コラム
オムニチャネルの起源
オムニチャネルとはそもそも何でしょうか?
Omnichannelという概念は米国で2000年代初めに、世界最大のスーパーマーケットチェーンであるウォルマート社の施策により作り出されたということ(参照)ですが、日本で広く知られるようになったのは2010年をいくらか過ぎてからだと記憶しています。
日本国内で多く耳にするようになってから既に10年ほど経っていますが、オムニチャネルというこの言葉が何を意味するのか、明確な共通認識というものはいまだに曖昧なことが多いと思います。
そこで本稿では、オムニチャネルとは何であって何でないのか、マルチチャネルとの関係は結局どういうものなのか、私なりに考えてみたいと思います。
オムニチャネルを知ったきっかけ
私がOmnichannelという言葉を認識したのは、2012年に米国でこれも世界最大のECカンファレンスであるIRCE(Internet Retailer Conference and Exhibition)に参加した時です。この時、OmnichannelとConnected Customer、”Anytime, Anywhere”といったテーマが非常な関心を集めていて、多くのセッションがそれらについて論じていました。その時には素晴らしいアイデアだと感じ、当時の勤務先であったECパッケージベンダーで熱心に報告したのですが、何か具体的なサービスやギミック、規格といったものではないためか、一部のメンバーにしか興味を持ってもらえなかったことを覚えています。
その後、ERSとして独立した後に、このオムニチャネルという概念を前提に開発したECフレームワーク「N2」をまず開発し、これを利用して実装したECプラットフォームが現在販売している「Lexica」ということになりますが、ひとつ困っていることがあります。
それは、時折お客様や開発パートナーからいただく「それで、オムニチャネル機能はどれですか?」という質問です。私が認識する「オムニチャネル」は、何かひとつ(あるいはふたつかいくつか)の機能で充足や実現が出来るものではありません。しかしこの説明は概念的で、「ははあ、つまりちゃんと出来ていないから誤魔化しているのだな」と思われてしまうのではと、いつも戦戦兢兢としています。
前置きが長くなってしまいましたが、そういう背景があり、今回改めて、オムニチャネルとは何なのかを考えてみたいと思います。
チャネルとは
チャネル(Channel)とはもともと、港湾や湖沼などにおける河川の流れ込みなどの深水部を意味します。外側からは混然一体として見える水中においても、チャネルには周囲とは異なる流れがあり、やがて目に見えない電波の特定周波数を「チャ(ン)ネル」と呼ぶようになったことはよく出来たアナロジーだと思えます。
さて、ECにおけるチャネルとは、顧客とのコミュニケーションの場や手段です。PCとモバイル端末を区別し続けることはあまり重要な意味がなくなりつつあるかも知れませんが、他に電話や郵便等、それに実店舗といったものもチャネルのひとつです。
このように、性質の異なる複数のチャネルが存在する状態が「マルチチャネル」です。
マルチチャネルという状況は、単純に社会の状況です。本来、人と人のコミュニケーションが常にたったひとつのチャネルに限定されるということはむしろ珍しいはずですが、技術の発展により、1人の人間が特定の目的のために容易に利用可能な通信手段が多様化した状況を指していると言えます。
そのマルチチャネルへの対応をECにおける戦略として捉えるならば、まずはそれらの複数のチャネルにサービスを提供することとなるでしょう。そしてこれは、ECの歴史の初期、オンライン通販の事業者がオンライン専業であった頃を除けば、何も新しいことではなく、多くの事業者が取り組んできたことだと言えます。
オムニチャネル
さて、オムニチャネルは、マルチチャネルであることが前提となります。シングルチャネルモデルでは、チャネルは唯一にして全てなので、オムニ(omni-、遍く)という概念にも特別な意味を持たせることができないためです。
当たり前のことを言っているようですが、あいまいな概念を論じる上でこれは重要なことです。つまり、少なくともシングルチャネルはオムニチャネルではなく、オムニチャネルはマルチチャネルではあるということが明らかになりました。
では、マルチチャネルとオムニチャネルにはどういった概念上の違いがあるのでしょうか。
先に述べた通り、マルチチャネルは単純に、社会のコミュニケーション基盤の様子を表しています。販売事業者と顧客という特定の観点はありますが、おもに一般の技術の発展によりもたらされるものであり、顧客やショップの誰かの意図により実現するようなものではありません(意図的にシングルチャネルに拘泥したりしない限りは、ですが)。
一方、オムニチャネルについては、マルチチャネルの進化系で「リアルとネットの融合」を意図するものだといった説明がなされます。
しかし、この認識の仕方には少し雑なところがあるように思えます。
オムニチャネルという概念は、字句通りに捉えれば「チャネルが遍在しいつでもどこでも接続可能であること」という社会の状況を表しています。オムニという言葉は「遍(あまね)く、すべての」と訳されますが、ここでは単純に全部のチャンネルというよりは、チャンネルの接続点が至るところあまねく存在する、と捉えるべきなのだと思います。
マルチチャネルは通信技術の多様化という社会基盤の変化によりもたらされたと先ほど定義してみましたが、オムニチャネルは、その社会基盤の変化による人々の意識の変化、その結果として期待される状況です。
具体的には、マルチチャネルを頻繁に気軽に、そして並行して利用するようになった顧客は、当然の帰結として取引相手である事業者に自身の同一性の認知を求めるということです。店舗やWebサイトやオペラ―ターにではなく、事業者そのものに、顧客は自分を自分として認知することを求めます。
これは、必ずしも顧客本人が意識してそう考えるというわけではなく、暗黙的・無意識的なケースも多分に含みます。
例えば、お店で商品を手に取り、試着をして、ちょっと決断できないので店を出ます。カフェでお茶でも飲んで気持ちが固まれば、店に行かずに手にしたスマートフォンでネットから購入します。
お店のスタッフはあれこれと手を尽くしサービスしたのにも関わらず、顧客からそこに対する報酬はなく、他のどこかのシステムにコミットしてしまうということです。
この、いわゆる”ショールーミング”に顧客が罪悪感を覚えないのは、「結局のところ買ってはいる」ためです。この時、顧客の意識の上では「お店からモノを買っている」という以上に「メーカーからモノを買っている」という認知も働いているだろうと想像できます。ですので、どこのお店かネットかということは問題ではなく、自分が手にいれるモノを製造したメーカーに対して必要な対価を払っているのだから、気が咎めることは何もない、ということになります。
もちろん、すべてのケースがそうだと言い切れるものではありませんが、マルチチャネルの発達・普及、それに製造・流通の仕組みの進化、情報ツールとしてのインターネットのコモディティ化など多くの社会的要因が、顧客の意識をそのように変えて来ていると推測できます。
つまるところ、顧客が何かを販売者から購入しようとする時、店舗で目の前にいるスタッフや、電話で話しているオペレーター、あるいは閲覧中のECサイト、アプリなど、そうしたサービスをあくまでも主体ではなく「接点」として認識し、「どこからどうアクセスしようが私は私」という自己認識を前提にして一貫したサービスを求めるという状況、これが「オムニチャネル」だと考えています。
そして、事業者としてはそうしたオムニチャネルに対応可能な戦略が求められているということです。したがって、オムニチャネルはパーソナライズなどの個々の施策のことではないし、システム連携のことでもないし、「リアルとネットの融合」でもないということが私の見解です。
もちろん、これらのテーマはオムニチャネルへの適応に有用な手段、方法である可能性があります。しかし、オムニチャネルは状況認識でありそれに対応する戦略ですから、手段そのものとは分けて考えるべきものです。
そして、マルチチャネルは主に通信技術の発展による社会情勢の変化であり、オムニチャネルはマルチチャネル化を踏まえた顧客の行動変化に対応するための戦略ということであれば、これらはそもそも別の基準・観点によるチャネル認識であり、系統的なつながりを持つものではないと言えます。
魚からトカゲが進化したようにマルチチャネルからオムニチャネルが進化しているわけではなく、植物の繁栄による酸素の増加が動物の生存戦略を変えたように、マルチチャネル化による顧客の行動変化が事業者の戦略に変容を迫っているということです。
「オムニチャネル」という概念そのものが何を意味するかを明確にするということ試みました。それを踏まえて、ではどうやってそれを具体的に行動に反映するかということが次の問題です。
リアルとネットの融合?
結局のところ、リアルな店舗とネットの店舗がチャネルとして両方存在するならば、これらを融合しないといけないのであろう、とは思えます。
では、融合とは何でしょうか?リアルな店舗が2店舗あるならば融合は(考え方としては)簡単です。片方を閉店するか両方を閉店して、新たな1店にしてしまえば良いでしょう。結果として売上が上がるか下がるかは不明ですが、2つが1つに融合しているのは間違いないと言えるはずです(あくまでも定義上のお話ですから極端を言っています)。
では、リアルとネットでは?いにしえの”セカンドライフ”のようにリアル店舗をネットに移築することは出来ませんし、ECサイトを現実空間に建築することも出来ません。どうしても完全に「融合」はできませんので、では在庫データを共有しようであるとか、何かのキャンペーンを共同で実施してみるなど、何か一部を融合させようということになります。
融合という言葉には先進的な響きがあり格好良い感じがしますが、実際に可能なことは(先ほど「データ連携がオムニチャネルではない」と言いましたが)確かにデータの連携または共有でしょう。しかしデータの連携・共有にはコストもかかれば制約もあります。したがって、何をどう対象とするか?を絞り込むことが重要となります。
そこで、考え方の前提となるのが「オムニチャネル」です。先の議論からすれば、オムニチャネルで顧客が求めているのは、まずは自身の同一性です。ですので、複数のチャネルそれぞれをハンドリングする各システムが、同一の顧客を同一だと認知し、トラッキングできることが必要です。
ですがここで、統合顧客管理システムを構築すればよい、と結論するのは早計です。もちろんそれは選択肢のひとつではありますが、顧客が求めているのは管理システムがひとつなのかどうか?ではありません。自分が店に行き、次にWebにアクセスし、そして別の店に行った時に、同じ顧客としてシームレスなサービスを受けることが出来るのか?ということです。これを実現することが出来るのであれば、顧客管理システムが分散していても構わないはずです。逆に言えば、たとえ単一の顧客管理システムに全店舗とECサイトとアプリを連携させても、同じ顧客を別マスターとして登録し関連付けもできないのであれば、顧客の期待には何も答えていないということになります(顧客情報の関連付けはいわゆる”名寄せ処理”ではたいがい不十分になります。このあたりもLexicaでは考慮していますが、ここでは割愛します)。
顧客情報は企業にとって財産です。何もないところから始められるのであれば比較的シンプルに考えることもできるかも知れませんが、現実には限られた予算で既存のシステム・情報を活用する必要もあります。
オムニチャネルへの対応は顧客の期待を適えるということが目的ですから、特定の連携やアーキテクチャに拘らず、所与の条件に適した方法を検討するべきです。
システムに求められること
繰り返しになりますが先の通り、オムニチャネルは施策そのものではなく施策を考えるための前提認識です。
ですので、ERSでは「オムニチャネル機能」のようなもの・・・「この機能があれば、オムニチャネルOK!」のような何かは定義していません。ただ、オムニチャネルに対応しようとすれば、いずれにせよ複数のチャネル間での何かの情報共有が必要となります。情報の種類としては少なくとも顧客情報、そして他に何が必要かは状況次第です。
そして、そうした情報の共有では、以下の2つの方針のいずれかが必要になると考えられます。
- チャネル別の複数のシステム間で連携する
- 1つのシステムで全チャネルに対応する
いずれにせよ、すべてのチャネルをひとつのシステムで賄えるならば、そもそも連携は不要です(そうしたアーキテクチャはモノリシックであり好ましくない、と考えるかどうかについてはまた別のお話とします)。
そして、そうでないならばAPIなりファイル連携なりでシステム間の連携を行わないことには、購買行動においてチャネル間を自由に横断する顧客に満足なサービスを与えることができません。
ただし、連携を選択する場合には、ひとつ注意するべきポイントがあります。
どういった情報であれ、同じ対象について複数のシステム(あるいは紙でも何でも)で管理し連携しようとする場合、困難の原因になりやすいのは主従関係の不明瞭さです。しかし2つのシステムが互いに違うチャネルを開いている時に、いずれか一方だけを正とすることは簡単ではありません。いずれもが自身のチャネルの一次窓口であり他社のチャネルの二次利用者であり、立場が拮抗しているからです。こうした場合、決め事として「受注基幹システムが正」などとルールを作って業務設計をすることが多いでしょうが、恣意的なルールは上手くいくともあれば破綻することもあります。
そうした状況を回避するためには、いずれのチャネルからも権威と見なせる第3の立場が必要です。つまり、自身のチャネルの管理を目的とせず、チャネルを保持するそれぞれのシステムに対して公平に門戸を開き、受け入れた情報を正として再分配できる管理システムです。こうしたものはOMH(Order Management Hub、受注管理ハブ)と呼ぶべきものです(ただ、広く一般化している呼称ではないようなので、そのような名前のサービスがそのまま該当するかは不明です。)
連携について補足
API連携ということもオムニチャネルに関わるフィーチャーとして取り上げられることが多いですが、このレベルの議論ではAPIかバッチかということは問題ではありません。そもそも、語義的に「API」と「バッチ」は排他的でないので、「バッチ処理のAPI」ということも普通にあり、「ファイル連携のリアルタイム」ということも不可能なわけではありません。
また、一部の方にはAPIには「連携が簡単」というイメージがあるかも知れませんが、それもそうとも限りません。APIというのは単にプログラミングレベルのインターフェースがあるよ、ということを言っているのみですから、簡単に利用できるAPIもあれば極めて煩雑なAPIもあります。
Lexicaのオムニチャネル・コンセプト
ECシステムとしての根本的な問題は、ECシステムの少なからずが「ショッピングカート」機能の実現に起源を持ち、その基本的なアーキテクチャにおいて、そもそもシングルチャネル向けに設計されていることです。特定チャネルをターゲットとし、それに依存する形で設計されたシステムをオムニチャネルに対応させようとすれば、きっと原型をとどめないほどのカスタマイズが必要になるでしょう。
同じことは逆の視点からも言えます。つまり、オンライン以外の何かのチャネルに依存して設計されたシステムを無理にオンラインに対応させれば、やはりそのシステムは基本設計の意図を逸脱した要件の実現のために、多くの困難を乗り越える必要があるでしょう。
Lexicaは、ERS独自のECフレームワークにより実装されています。このフレームワークは、当初からオムニチャネルを前提に「オンライン」や「オフライン」といった特定のチャネルを前提にせず、純粋に「商取引」の業務をモデリングしています。そしてその上で、ショッピングカート機能を含むオンラインショッピングに必要な操作など、必要なチャネルに対するオペレーションをサポートする機能を付加しています。
Lexicaのオムニチャネル対応は、表面的な連携機能ではなく、根本的なアイデアとしてシステム設計の最深部に落とし込まれています。特定のチャネルに依存しないということは、逆に言えばいかなるチャネルとの連携においても阻害要因が少ないということになります。
連携機能は安易に特定のサービスや規格に依存せず、未知の連携対象、タイミング、フォーマットでも個別カスタマイズなしで対応できるための工夫が盛り込まれています。
また、充実した「本当につなげる」ための連携機能の一方で内部組込の標準実装機能も充実しており、オンライン受注・オフライン受注・外部モール受注・定期購入など多くのチャネルにまたがる業務を製品本体の標準機能で実現可能です。
標準機能としてのオムニチャネルの実現と、柔軟な外部システム連携によりオムニチャネル戦略のサポート。Lexicaならば、いずれも可能です。
オムニチャネルのもうひとつの側面
オムニチャネルという概念、状況が先に述べたような顧客の心理を含む状況の変化だとするならば、これには「サービスへの顧客の期待」という面とは別にもうひとつ、販売者側としてはあまり嬉しくないかも知れない側面があります。
顧客は何かの商品を購入するにあたり、実際にサービスを提供しているお店やサイトをあくまでもチャネルのひとつとしてしか見ていないのではないか。少なくとも、そうした傾向がより強くなっているのではないか、ということです。
もちろん、顧客はチャネルなどということを考えてショッピングはしません。ですが、「いつでもどこからでも買える」ということは、その個々のどこかは別に何でもいい、という発想につながります。この時に顧客は販売者側の系列などは考えない可能性が高い、と思っておく方が良いでしょう。
つまるところ、欲しい商品があった時に大事なことは「それが何か」といいうことであり、その点を制御しているのはメーカーです。顧客のエンゲージメントもそこに向いています。
ですので、もし今この文章をご覧になっているあなたがメーカーの方でしたら、私が言いたいことは「チャンスですよ。直販を始めましょう。もう始めてるならば拡大しましょう。在庫管理機能も充実しているLexicaがお薦めです。BtoBにも対応可能です。」ということです。
そして、あなたがもしメーカーではない小売事業者の方でしたら、私から言えることは「Lexicaをお薦めします」ということです。
顧客としては、欲しい商品を作っているメーカーが直接自分に販売してくれるのであれば、そこから直接買えばきっと一番安心なのだと考えることは当然です。そして現在は、ECが普及したことにより誰でも簡単にメーカーから直接商品を購入できます。
しかし、メーカーの直販サイトにはひとつの弱点があります。それは、競合他社のアイテムは販売できないということです。販売できないどころか、あからさまに比較したり言及することすら危険です。
メーカー直販のECサイトは今後、ますます増えるのではないかと思われます(ERSでもいくつも構築しています)。しかし、顧客は一方でメーカーにロックインされることの不安、物足りなさも覚えるはずです。
小売事業者は競合するメーカーの商品を同時に陳列し、それに対して公正なレビューを公開することが可能です。つまりコンテンツの充実がメーカー直販に対抗し得る力になるのではないかと思われます。
そのための強力なCMS機能・パーソナライズ機能も、Lexicaにはあります。